初めまして。
実家サポート福岡代表 アドバイザーの下条と申します。
これまでの経歴を簡単にですがご紹介させていただきます。
下条令子(しもじょうれいこ)
1968年生まれ
福岡県福津市出身
福岡市在住
高卒後、OLを経て医療事務2級を取得し病院の医療事務員として勤務
その後看護師を目指して住み込み見習看護師から始まり、21歳で准看護師
30歳で看護師資格を取得
福岡市の総合病院、個人病院・クリニック、訪問看護、ホスピス緩和ケア、ケアマネジャー(医師会包括支援センター内勤務)人間ドック検診ナース、老人保健施設、自立型シニアマンション保健室ナース、緊急通報システム会社オペレーター、初任者研修講座講師など、約25年医療従事者として従事

夜勤をしていた20~30代は、ハードワークと断れない性格が災いし、度々心身を壊す。
妊娠出産後しばらくは、自宅にインテリア雑貨工房を作り、金属加工・インテリア照明を製作。
製作キットや商品を一般の方へネット販売、商品を雑貨店に卸す。
原因不明の体調不良を自然食で劇的に改善。ハードな仕事をこなせる体力と気力がついたころ、
2011年1月母のがんが発覚。
2011年11月母のがんを克服後、がん患者の会のNPO法人の健康新聞執筆、スタッフセミナー、がん相談に携わる。
2024年「転移がんが消えた家庭のがん治療」
~余命半年の多発性肺転移がんが2か月で消えるまでに私たちがしたこと~を執筆出版

このような奇跡的な体験から、目に見える事だけが病の原因ではないことに気づく。
病と心の関係を左右する、食と潜在意識、体の周波数について研究を行い、久司道夫氏のマクロビオティックスクール、若石足裏反射区療術校、遠隔波動整体師講座を受講し免許を取得。
看護師からしばらく足つぼの老舗療術院で修行し、自宅サロンをオープン。その他各種ヒーリングの講座を受講し、日々の不調を自力で解消することができるようになる。
これまでの研究、体験、知識、実績を世の中のために生かすため、各種講座を開講しながら、ズレを整えるために悩む人が多く訪れる占いの場に着目し、体と心を整えるアドバイスをするために、人生相談を受けながら鑑定師という立場でサポートしている。
ざっくりとした紹介ではありますが、紆余曲折しながらこのように歩んでまいりました。
そして、ここからは、私と両親と実家について書いていこうと思います。
私はここでご提供しているサービスのほぼすべての利用者で、
皆さまと同じ様に、実家と両親の事に悩み苦しみぬいてきた当事者です。
現在1968年生まれの58歳
2人姉妹の長女として、幼いころから実家を継ぐように口酸っぱく言われ続け
ことごとくそれらのしきたりに縛られ、苦しみ、そして壊し続けてきた私でした。
実家や家系を途絶えさせてはいけない…
それは人生においては、とても重い荷物でした。
私は結婚相手の苗字になりたいとずっと思っていました。
どこもかしこも修理しなくてはならない古くさい実家やご近所付き合いは苦手でした。
もっと自分らしい生き方がしたい!
そうやって実家を飛び出し、上記の様に自分の人生を模索して生きていました。
ですが、それでも両親は次第に年老いていきます。
見過ごすわけにもいきません。
やがて父は私が30歳の頃にがんを患い、私は当時働いていた病院を休職して
病院に入院している父のもとへ毎日母と交代で父のそばに寄り添い続けました。
父を病院で看取った10年後、今度は母ががんを患いました。
一旦は退院できたものの、3か月後の検診で余命半年と告げられました。
今度は母の専属のナースになる!と決意をして仕事をやめ、
母のがんが消えるまで寄り添いました。
その後、がんの患者さんとご家族を支えるNPO法人の方からお声がけいただき
がんに関する活動をはじめました。
その後ナースに復帰したあと、ケアマネジャーとして
地域の方のサポートにチャリンコを飛ばして福岡市内を走り回りました。
そうしていながらも、独り暮らしの母の事が頭の片隅から離れませんでした。
ちゃんと食べているかな、転倒していないかな、火の元は、戸締りは・・・
そうこうしているうちに、実家の隣人のおばさんから
実家の庭の木の枯れ葉が落ちてきて汚れるので掃除して欲しい、剪定して欲しいと
催促の電話がかかってきました。1度ではなく、その後1年に数回は呼び出されました。
ある時は、生活水がこっちに流れてくる、道路に葉がはみ出している
何かと呼ばれては実家に帰って対処していました。
そして、段々足腰も弱り、庭で転倒して肋骨を折ったり、腰椎圧迫骨折なども数回ありました。
近所の整形外科に付き添うために市内から実家まで片道1時間半、電車で何度も往復しました。
認知症状も進行し、ATMでの引き出しも難しくなったために、さてどうするか!?
鎮痛剤や抗生剤の服用も一人ではできないために、どうやって飲ませようか!?
もう毎日、そんなことばかりで、頭の中は仕事や育児と母のことでいっぱいでした。
そして、いよいよ母の認知症の症状がひどくなり、屋根の改修工事詐欺、
近所に住む親戚の不始末の後始末を強引にさせられそうになったのを機に
私の自宅に呼び寄せ、2018年、いきなり同居生活が始まったのです。
それまでは気づきもしなかったことがことごとく起きました。
排泄で粗相をした後、決まって汚物のついた下着を布団や洋服に隠そうとするのです。
そしてそれが本当にたくみに隠しきるんです。
どうしてこんなところに!?という所に隠すんですが
本人はすぐに忘れるのですから、ちょっとでもにおいがしたら
もう発狂寸前でした。でも・・
そこまで母の様子がひどかったことは同居するまで気づけませんでした。
ヘルパーさんからのそのような報告もなく、静かに暮らしているのかと思っていました。
ただただ、独り暮らしを謳歌していると思っていたので申し訳ない気持ちにもなりました。
そんな母の奇行は結構こたえていたらしく、顔色が悪いと利用者の方から心配されるほどでした。
そしてある日、とうとう私は倒れて救急搬送される羽目に。
その時に、あ、もうケアマネは辞めなくては、と思いすぐに辞表を出しました。
大好きな仕事でした。信頼できる仲間に恵まれていただけに後ろ髪を引かれました。
心をお互いに許しあえていた担当の利用者さんたちも涙を流して別れを惜しんでくれました。
一緒に同じ問題を何とかしようと力を合わせてきたサービス事業者の方々との別れも辛かった。
でも、私は父と母を護りぬくためにナースとして成長させてもらえていたんだと思いなおし
覚悟を決めて母との見えない未来を手探りながらも約8年間、様々な介護サービスを駆使して在宅で母を介護し、2025年2月に母を在宅で家族とともに看とりました。
一気に介護から開放され、楽になるとおもいきや、私の心身はぎりぎりでした。
母を見送った後の精神的なダメージが、これまでの睡眠不足や運動不足、食の乱れを加速させ、
半年ほどは乱れまくった自分の心身の不調を立て直すのが大変でした。
これまで学んできた食事法やヒーリングに助けられ、ようやく今、心身ともに健やかな日々を取り戻しました。
やっとこれから新しい私の人生が始まるかのように感じ、これまでの体験と工夫して来たこと、ナースとして、ケアマネとしての経験や知識を必要な誰かに届けられればという思いで、この仕事をすることを心に決めました。
当時の私のように何をどうしたらいいのか分からずに決断できずにいる方、
介護の渦中で突然に起きるハプニングに対処していくことに頭を悩ませている方、
在宅介護での家族が担う責任の重い部分のアドバイスが欲しいと思っている方、など
私で良ければお話しませんか?
たとえ、私は体験者であっても、状況はご家庭ごとに違います。
そして私も完璧な知識はありません。だからこそ、その道のプロの方々に頼り
私が出来る精一杯のことをてあげる事ができたのだと思っています。
誰かに頼ることは弱さではありません。
私もなかなか人を頼れませんでした。
でも、頼るということは、むしろ強さなのかもしれないと今では思えます。
親の老いや実家の問題は、友達や職場の人には意外と相談しづらいものです。
元ナースとして、守秘義務は徹底しておりますので、どうぞ身内のように頼ってくださいね。
誰もが通る実家と親の課題は、一緒に支えあっていけば
さらにお互いの学びと気づきと力にもなるのですから。
どうぞ、あなたの心とからだが少しでも楽になれますように。
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